宗一郎日記(18) by Naoko

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2003/07(上旬) Botswana(1) -- The Reason not going Zimbabwe
当初の予定では南アから直接Zimbabwe(ジンバブエ)に北上し、ビクトリア滝や世界遺産の遺跡や国立公園など全部見てやろうと楽しみにしていたのですが。。。

ガソリンが手に入らないのは大問題 我々がガーナにいた頃から、「どうやらジンバブエは現在、政治が不安定で、ガソリンがほとんど手に入らない」との情報が入りだしました。「おかしいなあ。旅行者に評判のいいジンバブエでガソリン難だなんて」といぶかっていたのですが、南アに入ると、どうやらジンバブエのガソリン難は周知の事実らしく、しかも白人の多くは「今ジンバブエに行くなんて自殺行為だぞ!」と私達に忠告するのでした。実際のところ、ジンバブエの白人が黒人に追い出されたり(時には殺されるなど)している逆転現象が起こっているのは事実で、そのために白人の世論がジンバブエに対して批判的になっている模様です。

ただ、実際のところ、ジンバブエの治安がそんなに悪化しているかというと、「先月ジンバブエ行ってきたばかりだけど、全然問題ないですよ。物価も安いし、食料も豊富だし、とても楽しかった。首都ハラレには日本人旅行者も大勢いましたよ。」(マダガスカルで会ったユウキさん談)。

とはいえ、ガソリンが普通に手に入らないというのは、私達にとっては大きな問題です(闇ガソリンを探さないとダメらしい)。ビッグタンクでもあれば別でしょうが、80ccの原付バイクにそんな装備はありません。そんなある日、旅慣れた南アの白人が「ヘイ、何を悩んでるんだよ。ジンバブエなんか行かなくてもビクトリア滝は見れるんだぜ。ボツワナ経由でザンビアへ行けばいいのさ(ビクトリア滝の半分はザンビアなのです)。道は全部バッチリ舗装されているし、ガソリンだって問題ない。安いキャンプ場もたくさんあるぞ。よし、ベストルートを教えてあげよう」

。。。。というわけで、にわかにボツワナ行き計画が浮上してきたのでした。

2003/07(上旬) Botswana(2) -- Border to Palapye
ボツワナ最初のキャンプ場、PalapyeのItumela 南アのPietersburg経由で、Martin’s Drift というマイナー(?)な国境からボツワナに入りました。マイナー国境とはいえ、西アフリカでは見たこともないような立派な国境で、非常にしっかりしていた事に驚きです。南アとボツワナの間ではバイク通関の為のカルネは不要らしく、ちょっと戸惑いましたが、ペーパーレスで通関できるとは、なかなか粋な協定ではありませんか。

ボツワナも、南アで見たのと同じようなサバンナがどこまでも広がっています。入国して1時間もしないうちに、道路の横ででかい野生のダチョウがバイクと同じくらいのスピード(?)で並走してくれたのには、ちょっと感激。(怪しいバイクに怒って追いかけてきただけだったりして)

最初の町、Palapye(パラピー)でキャンプ場に行こうとしたとき、いきなり宗一郎が謎のパンクです。アフリカで2度目のパンク(1度目はモロッコのキャンプ場でクギを踏んだ時)ですが、まさかこんな完璧な補走路でパンク?? 西アフリカのボコボコ道でも一回もパンクなんかしなかったのに。。。(そういえば西アフリカでは日本から持ってきた丈夫なタイヤをはいていたのでした)。ボツワナの道路は完璧に舗装されているとはいえ、たまーに路側帯の上に石とかが落ちていたりするので、ちょっと緊張します。たぶん、石に乗り上げた時にパンクしてしまったのでしょう。路上でRyuが速攻でパンク修理してくれました。

Itumelaキャンプ場の共同キッチンが嬉しい "Itumela" キャンプ場は、なかなか充実した(白人好みの)素敵なキャンプ場でした。各種のオーバーランドツアー(若い旅行者向けの格安パック旅行)と提携しているらしく、毎日大勢の白人旅行者を乗せたバンやらトラックやらが入れ替わりやってきて賑わっています。立派な共同キッチンでは、ツアー参加者同士で料理をしたりして楽しそう。1台のバンに10名くらいの旅行者が乗っているのですが、ドライバーのお兄さん曰く「僕はドライバーでもあり、ガイドでもあり、全員分の料理を作るコック長でもあり、みんなのパパでもあるのさ。大変だけど、楽しいよ!」

日本でも、若い外国人旅行者向けに、こういう格安ツアーをやったらいいのに。。。(旅館なんかに泊まらず、キャンプ場をハシゴすればいいんです!大型バスなんかじゃなく、中古のバンで十分!バックパッカー旅行者はたくましいのだ)

2003/07(中旬) Botswana(3) -- Francistown
生まれて初めての大転倒で全治2ヶ月の怪我 実はPalapyeからFrancistownに向かう途中、宗一郎が路上に落ちていたレンガにヒットして大転倒してしまいました。時速60キロは出ていたので、私はバイクごと10mくらい滑ったそうです。怪我は、唇が切れたのと、左膝に大きな擦り傷、そしてマズイことに右手の骨にヒビが入ってしまったことが判明。治るまではここから動けません。さあ、どうするか。

縁とは不思議なもので、街でも指折りのリッチな白人男性とバイクの話題で盛り上がったのをきっかけに、Francistown(フランシスタウン)のウオーカー夫妻のお宅に、「怪我が治るまでの間」ということで、しばらくホームステイさせてもらうことになりました。ボツワナの人々は、なんて優しいんでしょう。私はのんびりできて幸せ。Ryuも英語の勉強ができて幸せです。

ボツワナの白人の生活もかなりゴージャス。庭にはプールが付いていて、可愛い犬を4匹も飼っています。お手伝いさんが2人もいるので、家事もラクラク。旦那のジョンと、奥さんのトレーシーは社交的で顔が広いこと!家には1歳(マシュー♂)、3歳(メーガン♀)、7歳(マイケル♂)、11歳(シャノン♀)、13歳(アシュリー♀)の子供たちがいて、すごーくひとなつこいのです。一緒にTVを見たり、お絵描きをしたり、折り紙で遊んだり(大人気でした)、もー超かわいい!

ウォーカー家の子供達。マイケルがプールに投げ込まれそうに。 その中でも、7歳のマイケルは抜群に可愛かったです。全員の中でも一番のいたずらっ子で、彼が来るとそこらじゅう台風が通過した後のようになるのですが、子どもらしい愛らしさも一緒にふりまいていくのでした。
「ねえナオコ、コーンフレーク食べていい?」「ん?いいよ」→ 床中コーンフレークだらけ。
「ねえRyu、僕の自転車のパンク直してよ。」「オーケー!」→1日がかりで穴だらけのチューブを修復。(すぐまたパンク)
「ねえ、2人の所で犬と一緒に寝ていい?」「え、犬?それは、あの、」→ 貸してもらったベッド泥だらけ。。。

お絵描きが大好きのマイケルは、ケーブルTVのアニメ番組に釘付け。ポケモンをやっていたので、「マイケル、今見てるアニメは日本から来たアニメだよ。日本の人は絵を描くのが好きなんだよ。」と教えてあげたら、「えっ本当?僕もいつか日本にいきたいなぁ」

彼がいつか大人になったとき、本当に日本に来てくれたらいいな、と願う私達でした。

(Text Written: 2003/07/31 @ Botswana, Francistown)

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