おはな日記(13) by Ryu

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Written;2003/04/21 Ryu---Mali---

●Mali <雑感>
《Senegal Kidira~Mali Kayes》
◇アフリカで一番暑い街、それが「Mali」の「Kayes」だったということを知ったのは、そこを通り過ぎてずいぶんとたってから。そうとも知らずノコノコとそこに向かったボク達は、セネガルの国境を過ぎて、その街に向かう道中でコテンパンにやられた。日中の気温は軽く45度を超え、バイクに乗ったボク達に吹いてくる風は、床屋さんかどこかのパーマ屋さんで使われている強力ドライヤー並みで、普段なら、物凄く汗かきのボクのことだから、着ているパンツもTシャツもダクダクに濡れているはずなのに、こんな風だから服に少しの汗も滲まない。

◇今回のアフリカで、ボクは密かに各国の民族音楽やその国で流行の曲を集めることを楽しみにしている。スペインから始めて、ここ「Mali」に入国するまでカセットやらCDやらが、全部合わせて5~6枚。その中に、フライングだと知りつつも「Senegal」で買った「Mali」の民族音楽のCDがある。「コーラ」という「ギター」と「ハープ」と「琵琶」が合体したような弦楽器が中心に構成されたそのCDは、まさしく誰がどう聞いても「癒し系」のその音で、試聴したとたんに、もう何がなんでも欲しくなり、店員にボラれているのを承知で買った。

アフリカの音楽CD

◇そして、幸運にもその「コーラ」の音を生で聞けた。「Kayes」の街でボク達が宿をとっていたそこの敷地内にある「BAR」にある日の夕方、4人組の男達が「アコーステックギター」と「コーラ」を弾きながら涼んでいるところに、ボク達がたまたま居合わせた。

近くで見た「コーラ」は左右合わせて24本の弦があり、右手と左手がギターでいうアルペジオの様な弾き方で、極々単調なメロディーを繰り返し繰り返し演奏していく。体に染み込むように響くその音は、アフリカの人たちが、これらの楽器の奏でる音で、体の悪いところを直していたという話も肯ける。

そしてまた、「コーラ」が違うメロディーを奏ではじめると、そのあとを静かで控えめに「アコーステックギター」が追いかけいく。まだ、太陽がオレンジ色になる前の夕方から、そろそろ月が見え出す頃のどっぷりくれる夕方まで、ボク達はアフリカの容赦ない暑さに疲れた体をその音で癒した。

《Kayes~Bamako》
◇ミシュラン・マップを広げて、どのルートをみても「Mali」の「Bamako」に向かう道は、ことごとく舗装されてなく、そして誰にどう聞いても、ボク達のバイクが行くには恐ろしそうな道なので大人しく列車に乗せて「Bamako」に向かうことにした。

まだ涼しい午前中、車窓からの景色は最高に美しく、途中途中で停車する駅(と言っても民家が建ち並んでいるだけで、プラットホームなんかは当然ない!)では、頭の上に、川魚のから揚げ、ミートボールに揚げパン、ケーキにコカ・コーラに水と何でものせて売り歩く、おばちゃんや子供たちから、窓から手をだし買ったりする余裕もあったが、太陽がグンと昇って真上にきたころ、ボク達の口数が相当に減りだした。

エアコンなどという立派な設備があるはずもなく、何故ボク達の買ったこの席が、この列車の1等車両(指定席)なのかと疑問に思い出すと腹が立ったりした。しかし、ある駅で時間があるからと降りて、人と荷物でうごく隙間もない2等車両を覗いて驚いた。〈なんで、こんなんで我慢できるんや・・・。〉日本という国から来たボクは、まだまだアフリカをわかっていない。

車窓

◇「グリオ」と呼ばれる世襲制の音楽集団(家族)が「Mali」に居る。文字を持たなかったその部族の歴史を、ジャンベ(太鼓)やコーラ(弦楽器)といった楽器(他にも様々な楽器があるが・・・)の伴奏で歌う彼らは、時に結婚式で、またある時には村の祭りでと、呼ばれてはその場にあったリズムで唄を歌う。ボク達は「Bamako」で再会したフランス人ライダーのパトリックに、「グリオ」が歌う「狩人の祭り」があるからと誘われて見に行くことにした。

街から少し離れたごちゃごちゃとした路地をくぐり抜け、その村の祭りの広場に着いたのが夜の11時過ぎ。そこは村の人が輪になり、その輪の内側を「グリオ」が歌いながら、楽器を弾きながら、踊りながら回っていく。そして、ある男の前で「グリオ」は立ち止まり、ある男に語りかけるように、ある男のためにだけ歌い出す。男は観念した様に立ちあがり、自分の家族や身内を連れて、「グリオ」達といっしょにその村人の輪を踊りながらぐるりと一周する。途中に打ち鳴らされる銃砲に女と子どもは奇声をあげて何度も驚きながら・・・。一周を終えるとまた、「グリオ」達は次の「ある男」や「ある女」の前に立ち止まり、同じ事を朝が来るまで何度も何度も繰り返す。

グリオの踊り

深夜の1時か2時過ぎ、その様子をじっと見ていて気がついたことがある。グリオが唄うと、これまでに見たこともないような動物たちが、いっしょについて踊る人たちを包み込んでしまうのだ。生死を賭けた獣たちとの戦いで、何人の男達がこの世を去っていたのだろうか?ここアフリカでは、人が自然のなかで生きさせて貰っている。むやみに獲物を得る猟をするのでなく、自分たちが生きるためだけ、それだけで良いから、どうか私たちに血と肉を与えてほしいといった願いをグリオが仲介人になって動物たちと会話をしている。そんなイメージがボクの中に飛び込んできてちょっとマジになったりした。

●バオバブの木はヤドカリの貝殻みたいや
アフリカには、バオバブという面白い木が生えている。木肌はゴツゴツ、モコモコで、その幹からでた枝は、普通に連想できる何かの木の根の様にグチャグチャで細かく伸び放題に伸びている。美しいとはとてもじゃないが言い難いこの木だが愛敬があって懐が深い。そんなイメージがボクにはある。

バオバブの木の枝

国境の街「Kidira」。この街でボク達は「Senegal」側の出国手続きを済ませ、「Mali」に入国した。そしてそこから先、「Kayes」までの道はバオバブの木と木の間を縫うように蛇行したピストが100kmも続く。それは、この道だけに限ったことではなく、「Senegal」の「Dakar」を始発として、「Mali」の首都「Bamako」へと向かう国際列車の線路にしても、ここから「Kayes」までの間は同じように蛇行した線路が敷設されている。

たとえ、このために、この道で大型タンクローリーが横転しようと、この線路で貨物列車が脱線して多大な損害がでようと、それは当局の知ったことでなく、そうしないと住民の反対で工事が進められなったからだという。ここでは、バオバブは母なる木であり、ども木もこの木も神木扱いなのだ。山や森の木々を切り倒しまくるどこかの国の公共工事とは大きな違いだ。

さておき、とにもかくにも、ボク達は、道の両側、四方八方、360度見渡す限りバオバブの木々がニョキニョキ、モコモコ、ところ狭しと生えまくるなか、地平線の向こうにまで見えるアフリカの赤い土の道を丸1日かけて追いかけはじめた。気温は軽く45度を超え、熱風を受けながらのライディングは、バイクも人もその殺人的な暑さでメロメロになる。

バオバブの林

そんな中で走っていて誰かの視線が気になりだした。〈あれ?ひょっとして、誰かに見らてんちゃうか?〉おかしいおかしいと思いつつ、その視線を追って目をやると向こうにみえるバオバブの木でとまる。何度やっても、そこでとまる。ボクはラジオの周波数を聞きたいチャンネルに合わせるように、ボク自身をチューニングしてみた。

そして、見えた。その木だけじゃなく、そのとなりも、その横も、その前も、この地に昔、住んでいた人の姿がはっきりと浮かんだ。赤ちゃんを抱いたお母さん、右目がつぶれた白髪混じりのおじいちゃん、15~16歳の走るのが恐ろしく速かった少年。中には空きのバオバブもあるが、多くの木には人が宿っているかのように見えた。不思議に思って彼女に言うと面白がって、「じゃ、あの木は?」。「それじゃ、この木は?」ととめどなく聞いてきて暑くて疲れるので、その日はそれで見るのをやめた。

ずっと気になっていた。〈なんでバオバブの木に人が・・・。なんでやろ〉「Kayes」を出て、「Bamako」でしばらく過ごしていたある日のこと、フランス人バックパッカーのレミに再会してその疑問がやっと晴れた。

バオバブの実

「バオバブって、中が空洞になってるって知ってた?」何かの拍子でこの話が始まり、「そのバオバブの木の中に、亡くなった人を葬るんだよ」。「木の上まで、よっこらしょと持ち上げて、木の上の穴からそいつを入れるのさ」。横に居合わせたレミがアフリカのおとうちゃんと呼び慕っている彼もそうだと肯いている。

「フー、ヘー、ホー」ボクは言葉にならない言葉をはいた。そして、〈バオバブは、おかあちゃんやから、人が死んだらその生まれたところ(お腹)に戻すってことなんかなぁ〉などと勝手に思い、〈なるほど、そやから死んだあとのその魂もバオバブの木に住みたがるってことやな〉。〈空きの木もあったから、たぶん出入りがあるんやろなぁ〉。〈それやったら、おかあちゃん言うより、バオバブの木はヤドカリの貝殻みたいやなぁ〉などとボクの頭がまた暴走をはじめた。

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